食事は私たち人間にとって活力を与えてくれる源であると同時に、さまざまな味わいを堪能できる大きな楽しみでもあります。それは障害児にとっても同様で、一日の生活のうち3回も経験する食事の時間が苦痛なく楽しいものであってほしいと願います。
しかしこの2年半の間で「つばさ静岡」入所者たちに誤嚥や窒息などの嚥下障害による問題が想像以上に生じてきている実態を目の当たりにし、重症児にとって嚥下障害は進行性の病態であることを痛感させられました。
けれども嚥下障害が進行したからといってすぐに経口からの食事をあきらめることに対しては疑問を抱きました。
本当にもう限界なのか?その前に私たちがやり残したことはないのか、まだ試してみるべきことがあるのではないか?できることなら1日でも長く安全に苦痛なく経口で食事を摂取させてあげたい。
現に誤嚥性肺炎を繰り返していながらも食事がでてくると目を輝かせて喜ぶ利用者の姿をみて、奮い立たされこの難題に「つばさ静岡摂食チーム」(医師、OT、PT、栄養士、調理師、現場スタッフ)で取り組むことにしました。
取り組み後、発熱の頻度が減少した、経口摂取量が十分量摂取でき体重が増えた、食事中のむせ、ぜこつき、筋緊張が減少したなど臨床上ある程度手ごたえを感じております。
重症児の嚥下障害への挑戦はまだまだ始まったばかりで、長期的な観点からは検討しておらず、あくまでも「目先の改善」にすぎないかもしれません。
しかし経口摂取中止寸前だった人が、対応の変化により継続できた例を少なからず経験したため、私たちの経験が少しでも在宅の皆様にもお役に立てればと思い、その取り組みについてこれからシリーズでお伝えしたいと思います。
今回は重症児の嚥下障害に対する私たちの考え方についてお話したいと思います。
私たちが対象としている重症児の方は学齢期後半を過ぎた寝たきり~座位保持可能ぐらいの運動機能の方がほとんどです。そのためここでは、10代後半の運動障害の重い方を中心に話を進めていきたいと思います。
はじめに重症児の嚥下障害の病態を考えて見ましょう。
高齢者の嚥下障害と比較し、重症児の嚥下障害は非常に複雑な要素が絡み合っており、100人重症児がいれば100通りの嚥下障害のパターンがあるといっても過言ではないでしょう。
そのため一概に「重症児の嚥下障害」とひとまとめにして考えるのは危険なのです。
以下に主な嚥下障害の要素を挙げます。
生まれつきの広汎な大脳障害によって嚥下協調運動障害が生下時より存在します。 脳幹障害により嚥下反射が減弱したり、大脳障害により舌や顎、咽頭筋の協調運動障害を生じるため、一連の嚥下運動がスムーズに行かず、嚥下と気道防御のタイミングがずれたり、嚥下力の減弱をきたします。 しかし原始反射や未熟な機能(吸啜、舌の前後運動など)を使って代償することで哺乳、摂食がある程度可能です。 またアテトーゼの方たちは比較的自分でコントロールがつけやすい舌を過剰に動かすことによって機能を代償しようとしている方もいます。離乳期を過ぎると介護者はより硬い食形態を与えるようになります。 それに対し運動障害の明らかな重症児は、発達的に未熟な段階で停滞することが多く、有効な咀嚼機能を獲得することができないため、丸飲み込みや舌突出嚥下などの代償機能で対処するしかありません。 しかし小学校~中学校卒業ぐらいから構造的、機能的な加齢の変化-すなわち喉頭が広くなる、嚥下反射が遅くなる、嚥下力が低下する、気道防御弁の機能が低下するなど-が生じてきます。さらに呼吸障害や消化管障害、筋緊張の亢進などが加わり、嚥下障害に悪影響を及ぼしてきます。その結果代償機能は破綻し、窒息、誤嚥などの臨床的な問題が生じてきます。 このように重症児の嚥下障害は運動障害の程度、機能獲得段階、代償機能、加齢現象、全身の合併症など多くの要素が関係しあっています。そのため食事姿勢を考えるにしても、呼吸機能、消化管機能、筋緊張が安定し、代償機能が有効に働き、かつ誤嚥しにくい姿勢を検討していく必要があります。